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無言

vol.01仁村工房

労?「苦労なんてわからないよ、ずっと夢中だったからな」。兵庫県三木市にて鉋台を造る仁村工房。昭和二十一年頃からこの金物の町で製作を始めた。二代目になって四十年あまり、二年前より息子さんも手伝うようになり二人で作業をしている。

 この三木市は古くから金物の町として栄え、鉋鍛冶の職人さんも多い。鉋は刃がよくなければダメなのはもちろんのことだが『鉋は台で削る』といわれるほど台は重要で、狂った台や調整のずれているものではどのようにしてもうまく削れない。昔は大工自身が削って造っていたようだが、昭和中期ごろから道具造りの上手な大工が専門化して台屋になったといわれている。

 仁村工房では兵庫県や京都の北部から白樫、九州・宮崎より赤樫を仕入れ、製材されたものを三年もの間日陰の倉庫で寝かせる。さっそく作業場へ足を踏み入れると、手前には座って台座を削ったり磨いたりする場、奥には機械が置かれていた。木を寝かしている所は二階だという。細い階段を上がると綺麗に積み上げられた木々が天井までつきそうなほどだった。

 三年以上かけて乾燥させた木々を鉋台にする工程は、ほとんどが手作業で行われる。木づくりといって木をある程度の形に切る時と、刃を仕込む部分の荒堀りまでを機械で行う。鉋台を造る時に重要とされるのは、鑿と玄翁で行う作業。荒堀りを行った鉋台に刃がピタリとくるように長年の感覚で根気よく彫っていく。

「これがいいというポイントはない、自分なりの勘でやっている」という二代目の正和さんは、父親が亡くなってからは、同業者のところに行って見て聞いて技術を習得したという。無我夢中で造りつづけた結果、ようやく今の独自の鉋台にたどりついたのだ。

村さんが座る所の周りにはいろいろな大きさや形の鑿が置かれていた。少し削っては換え刃をはめ込み、はずしてはまた鑿を換え削っていた。見ているこちらにはあまり違いが分からないが、微妙な加減なのだろう、それは本当に細かく時間をかけた作業だった。

 「持ってもらった時に職人が使いやすいと思ってもらえたらいいと思って造っている」と言う。刃を生かすも殺すも台。手道具を使う機会が少なくなってきているが、鉋を使う大工がいる限り消えることはないこの鉋台職人。「もう職人が家でじっと作業をしてる時代ではなくなった、これからはもっと手道具の良さをアピールしていかなければ」と変わりつつある建築業界の現状を語っていた。そう、鉋を削ることは難しくない。若い大工さんたちにもどんどん手道具に挑戦し、触れる時間を増やして欲しいとも添えていた。静かに流れる作業場の空気の中、一つ一つの言葉がよりいっそうの重みを蓄えていた。

兵庫県三木市末広3丁目5-3
電話0794-82-1786 Mail : kannadai@gaea.ocn.ne.jp

金物マガジン